一つの認識描像

ファンデルワールス力を簡単なモデルで理解する

多くの原子に対して普遍的に働くファンデルワールス力(ロンドン相互作用)を、簡単なモデルと数式、少量の量子力学を用いて理解しましょう。というのも、実はファンデルワールス力は量子力学的な力なのです。それでは早速見ていきましょう。

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問題設定は上の図の通りです。気体原子として、簡単のために水素原子を考えることにします(非常に非現実的ですが、本質の理解には問題ありません)。水素原子内の陽子と電子は、一種のばねのようなもので繋がれているとします。これは、一般に安定して存在するためのポテンシャルは下に凸の形をしており、電子の位置がそこまで動かないとすると、釣り合い点付近のポテンシャルは弾性力によるポテンシャルの形と一致するからです。ここで、両者の”ばね定数”をCとします。ちなみに、原子内の電子が弾性的に束縛されていると考えるのは割とよくあることです。

それでは、まずはクーロン力がない場合を考えてみましょう。そうすると、全体のエネルギー(ハミルトニアン)は、

 E_{0}=\frac{p_{1}^{2}}{2m}+\frac{1}{2}Cx_{1}^{2}+\frac{p_{2}^{2}}{2m}+\frac{1}{2}Cx_{2}^{2}

となります。ここでクーロン相互作用を考えます。図をよく見ながらクーロンポテンシャルを書き下すと、

 V=\frac{e^{2}}{R}+\frac{e^{2}}{R+x_{1}-x_{2}}-\frac{e^{2}}{R+x_{1}}-\frac{e^{2}}{R-x_{2}}

となります。ここで、係数が足りないのではないかと思われる方もおられるかと思いますが、ここではCGS単位系を用いているので余計な係数は不要になります。距離と電荷というポテンシャルの増減に関係する部分だけを取り出しているので、こちらのほうが見やすいかと思います。それでは、ここでクーロン相互作用を近似しましょう。ここで、Rは x_{1} x_{2}にくらべて非常に大きいとします。例えば、

 \frac{e^{2}}{R+x_{1}}=\frac{e^{2}}{R}\dfrac{1}{1+\frac{x_{1}}{R}}\approx\frac{e^{2}}{R}\left(1-\frac{x_{1}}{R}+\frac{x_{1}^{2}}{R^{2}}\right)

という近似を行うことができます。ここでの近似はテイラー展開の2次までとっています。他の項も同様に近似できます。結果だけ書くと、

 \frac{e^{2}}{R-x_{2}}\approx\frac{e^{2}}{R}\left(1+\frac{x_{2}}{R}+\frac{x_{2}^{2}}{R^{2}}\right)

 \frac{e^{2}}{R+x_{1}-x_{2}}\approx\frac{e^{2}}{R}\left(1-\frac{x_{1}-x_{2}}{R}+\frac{(x_{1}-x_{2})^{2}}{R^{2}}\right)

 これらを上のクーロン相互作用の式に代入して整理すると、

 V\approx -\frac{2e^{2}x_{1}x_{2}}{R^{3}}

という風にきれいな形になります。 E_{0}とVの和が全体のエネルギーです。ここでうまく変形を行って、全体のエネルギーを二つの振動子の運動であるとみなします。これは、いわゆる対角化というものです。対象モードとして

 x_{s}=\frac{1}{\sqrt{2}}(x_{1}+x_{2})

反対称モードとして

 x_{a}=\frac{1}{\sqrt{2}}(x_{1}-x_{2})

を定義し(運動量もここから定義できる)、これを x_{1} x_{2}について逆に解いて

 E=\frac{p_{1}^{2}}{2m}+\frac{1}{2}Cx_{1}^{2}+\frac{p_{2}^{2}}{2m}+\frac{1}{2}Cx_{2}^{2}-\frac{2e^{2}x_{1}x_{2}}{R^{3}}

に代入して整理すると(ぜひやってみてください)、

 E=\frac{p_{s}^{2}}{2m}+\frac{1}{2}\left(C-\frac{2e^{2}}{R^{3}}\right)x_{s}^{2}+\frac{p_{a}^{2}}{2m}+\frac{1}{2}\left(C+\frac{2e^{2}}{R^{3}}\right)x_{a}^{2}

となり、ばね定数の異なる二つの独立な調和振動子の集まりとみなせることが分かります。調和振動子の項は

 \frac{1}{2}m\omega^{2}

であったことを考えると、二つのモードの振動数が分かりますので、それらを近似してみましょう。対象モードの各振動数は、

 \omega_{s}=\sqrt{\left(C-\frac{2e^{2}}{R^{3}}\right)\frac{1}{m}}=\omega_{0}\sqrt{1-\frac{2e^{2}}{R^{3}C}}\approx\omega_{0}\left(1-\frac{e^{2}}{R^{3}C}-\frac{1}{8}\left(\frac{2e^{2}}{R^{3}C}\right)^{2}\right)

となります。ここで、

 \frac{C}{m}=\omega_{0}^{2}

としています。クーロン相互作用がない場合の各振動数ですね。反対称モードも同様にして、

 \omega_{a}\approx\omega_{0}\left(1+\frac{e^{2}}{R^{3}C}-\frac{1}{8}\left(\frac{2e^{2}}{R^{3}C}\right)^{2}\right)

とすることができます。それでは準備が整ったので、いよいよ力について考えていきましょう。そのためには、まずエネルギーを考えます。働いている力が引力である場合は、系全体としては安定しているのでエネルギーは小さくなります。また、逆もしかりです。これは、頭の中に二つの電荷を想像してもらえれば分かりやすいと思います。二つの電荷の符号が異なればクーロンポテンシャルはマイナスであり、それは引力を生み出しています。というわけで、今回のモデルにおいてクーロン相互作用がある場合とない場合の差を取ることによって、どのくらいエネルギーが変化したのかを考えたいと思います。これがマイナスなら引力、プラスなら斥力です。

量子力学さんに聞いてみたところ、系の最低エネルギーは

 \frac{1}{2}\hbar(\omega_{s}+\omega_{a})

であるらしいです。相互作用がない場合は

 2\times\frac{1}{2}\hbar\omega_{0}

なので差を取ると、

 \Delta E\approx -\hbar\omega_{0}\left(\frac{2e^{2}}{R^{3}C}\right)^{2}=-\frac{A}{R^{6}}

となります。ここで、定数をまとめてAとしています。ここから、クーロン相互作用を考えることによってエネルギーが小さくなることが分かり、引力であることが分かります。これがファンデルワールス力と呼ばれるものです。

古典極限をとるにはプランク定数を0にすればよいので、エネルギー差は0となってファンデルワールス力は現れないことが分かります。ここから、ファンデルワールス力は量子力学的な力であることが分かります。また、近似の性質上Rが十分大きいところでのみ成り立つと考えられますが、実は原子同士を近づけすぎると、パウリの排他律に由来する斥力が働くことが知られています。この点に関して気になる方は、レナードジョーンズポテンシャルについて調べてみてください。

 

参考: