日本に建設予定の国際リニアコライダー(通称ILC)は、宇宙の謎を解き明かすための次世代の粒子加速器です。これは、現在スイスで稼働中の世界最大エネルギーを誇る加速器である大型ハドロン加速器(通称LHC)と比べて何が凄いのでしょうか?今回は、ILCの長所を解説していきたいと思います。
1. ノイズの少ない測定
まず、LHCとILCでは衝突させる粒子が異なります。LHCでは陽子同士を衝突させてその反応を見ます。しかし、陽子は3つのクオークからなっており「どのクオークがどのくらいの運動量で衝突したのか」による差を考慮するのは非常に困難です。さらに、衝突の後にできた粒子が「エネルギーによる生成物」なのか、「陽子にもともとあったクオークに起因するもの」なのかを見分ける必要もあり、必然的にノイズが大きくなってしまいます。また、陽子を構成するクオークは強い力によって結びついていますが、この力によるノイズもあり、精密な測定はかなり難しいことになります。LHCは到達エネルギーこそ高いものの、分解能が低くなってしまうという弱点があります。対して、ILCでは電子と陽電子を正面衝突させます。これらは内部構造を持たない(と考えられている)素粒子なので、完全に初期状態を知ることができます。そのうえ、余計なものが出てこないためノイズが非常に小さく、現象を詳細に調べることができるようになります。また、陽子陽子衝突で見られたような余計な高エネルギー粒子が飛んでこないので、観測機器によりデリケートで精度の高いものを使用することができます。ILCでは、初めに250GeV程度のエネルギーで衝突実験を行う予定で、このエネルギーはヒッグス粒子の生成のために調整されています。つまり、いまだ謎の多いヒッグス粒子の精密な測定が可能となり、新しい物理の一つの指標となる可能性があるのです。
2. エネルギー効率と拡張性
それなら、LHCでも電子と陽電子を衝突させればよいのではないかと考える方もいらっしゃるかと思いますが、実はそうはいきません。荷電粒子を磁場で円形に加速すると「シンクロトロン放射」という現象が起きます。特に電子・陽電子ではこの放射によるエネルギー損失割合が大きく、円形で加速するのには向いていません。対してILCは直線型ですので、効率よくこれらの粒子を加速することができます。そのうえ、直線であるので拡張が行いやすく、ただ横に伸ばしていくだけでエネルギー出力を上げることができます。例えば、350GeVまで上げることによってトップクオークの精密測定も可能となるのです。このように、より高いエネルギーへ比較的簡単に拡張することができるというのもILCの利点です。
3. 何が分かるのか
ここまでILCの利点を見てきましたが、その実験によって新たに何が分かるのでしょうか。ここに関するいくつかの予測を紹介します。
まずは、余剰次元の発見です。ヒッグス粒子は、素粒子の中では非常に珍しくスピンが0です。普通は1/2とか1とかなのですが、これは物理学者の間でも大きな謎となっています。これを解決する一つの説として、4次元以外の軸方向のスピンを持っているので、我々が観測できないだけではないのかというものがあります。ヒッグス粒子の精密測定によってこの辺りが明らかにされるかもしれません。
次に、超対称性粒子の発見です。LHCで何度も衝突実験が行われているにも関わらず、現在超対称性粒子は発見されていません。これは、LHCの測定精度では測定できないか、エネルギーが足りないか、もしくは本当に存在しないという可能性が考えられます。ILCの実験では、LHCではノイズで隠れてしまうような微弱なシグナルを検知して、超対称性粒子を発見できる可能性があります。また、エネルギースケールの拡張が可能なので、超対称性粒子が見つかるエネルギーまで高めて実験を行うこともできます。もし超対称性粒子と余剰次元の存在が強く示唆されるような結果が出れば、これは超弦理論を後押しする証拠となりえます。
最後に、CP対称性の話をしましょう。初期宇宙には物質と反物質が同数存在していたと考えられていますが、現在は物質が圧倒的に多いです。このアンバランスはどこで生まれたのかというのも、素粒子物理学の未解決問題の一つです。これに関する説で、ヒッグス場が相転移を起こしたときに反物質が消滅するという「電弱相転移」説があります。250GeVでのヒッグス粒子の精密測定や、500GeVでのヒッグス自己相互作用を観測することで、この説を検証することができるようになります。
いかがだったでしょうか。ILCは次世代の加速器で、世界的に期待がかかっているいえるでしょう。以下に参考文献を載せておきますので、興味のある方はぜひ一読ください。
参考文献: