一つの認識描像

他人を許す,自分を許す,ということ

許す,というのは過去に対しての言明です.誰かが何かをやった,もしくは自分が何かをやった.これに対して,その行為責任者を責める.その状態からの温和的脱却として,「許す」を考えることができます.

許しが発生するということは,それまでに許されていない状態が存在するということです.それは,誰かに責任を問うているということです.「責任」という認識はこれ自体とても不思議なもので,これがあると「悪い」行為責任者に対する攻撃的反応が正当化されます.責任は,自己決定的であること・行為主体であることが前提となっていると思われます.つまり,ある人は問題の行動・結果を回避可能であったにも関わらず,それを回避しなかった,よってその人は許されない状態に一時的に置かれる,ということです.

このように責任という認識現象を書き出してみると,「悪い」ということと「自己決定性」が本質的であると感じます.ここでは自己決定性に着目し,まずは以下のような極論を展開してみます:
ある人が悪い行動を行ったとき,それはなぜだろうか.きっと,その人が悪いことをする性質を持っているからだろう.では,なぜそのような性質を持ってしまったのだろうか.遺伝的に攻撃的な行動を取りやすいとか,協調的な行動を取りづらいかもしれない.小さい時に攻撃を受けて,それで人格が適切な方向に育たなかったのかもしれない.たまたま悪い人に巡り合って,その中で考えに影響を受け,たまたまそこから脱却する機会を持たなかったのかもしれない.人は遺伝と環境で決まるとされ,小さいときには特にその決定権がないため家庭の状況・環境に大きく影響を受けると考えられます.子供は自分が生まれる親,自分が持つ遺伝子を選べません.では,その人を産んだ親が悪いのでしょうか?更にその親?もっというと,地球か宇宙が悪いのでしょうか.
つまり,実は悪い行動というのは偶然の産物であり,自分が被害を受けた,もしくは他人に迷惑をかけてしまったのは「不運」としか言いようがないということです.これを,行為結果の近傍だけ切り取って見れば,あたかも行為者に責任があるように見えるということになります.むしろ.このような切り取りは責任という概念にとって本質的かもしれません.

これは偶然的な性質に強く局在しているため,やや難のある主張ではあると思います.個人は各行為について自由な決定性を持つというのはある程度正しいとすることができるためです(これはまた難しい問題ですが).しかし,少なくとも部分的には偶然であると認められるのではないかと思います.これは何も悪いことだけではなく,例えば自分がたまたま巡り合った友達を喜ばせたのなら,それは自分が誰かの「幸運」になるということです.生きているのならば,誰かの不運になることも,誰かの幸運になることもあります.そして,ある「許されない」行為というのを,自分や他人がたまたま被ってしまった不運だと部分的にでも思ってみることで,許しやすくなるのではないかと思います.

この意見は,もしかすると皆さんに不快感を与える可能性があります.その一つの要因として,被害を受けた人が救われていない,という部分があります.不運であるというそのことに,どうして自分が巻き込まれなければならなかったのか.どうして自分が誰かの不運にならなくてはいけなかったのか.これに対する説明性がどこにもないのです.これについて私は,「そういう世界だから,許す・許さないではなく,許さざるを得ない」と考えています.世界は苦しみと苦痛と理不尽に満ちあふれています.そもそも自分がこの世界の中に存在しなければならないこと,老い,いつか死ななければならないこと,どうしても未来に対する不安を拭えないことなど,世界の構造的にどうしようもないことがあります.もっとこの世界が優しい構造なら,誰も争わずに苦しまずに済んだかもしれません.しかし,この世界は優しくはありません.何もしなければ空腹等で苦しく,喜びは一瞬で終わり,頑張らなければ生きていくことができず,自分の生まれる時代も場所も選べない.仏教では,「一切皆苦」と呼ばれる考えがあり,私はたしかにそうだと,最近絶望して思いました.しかし,どうしようもないのです.そして,別にどうにかするということもないのです.私はただ,この苦痛に満ちた理不尽な世界を,最後まで歩き切ろうと,そうするのが良いと気づきました.ここは論理的に説明できないので,みなさんも絶望するなり何なりしてください.この「ただ生きる」というのが私がこの世界にできる最大で唯一の肯定であり,そのために私は一切の不運を許容せざるを得ないのです.不運はこの世界の姿であり,それは自分も他人もそう.だから,他人も自分も「許さざるを得ない」のです.

あなたはこの記事に出会ってしまって,不運だったでしょうか.そうでないことを祈りますが・・・.