一つの認識描像

ガンを狙って破壊!進化したADCsとは?

以前の記事では、脳腫瘍の予測や治療について紹介しました。ガンについての研究は盛んに行われており、嬉しいことに日々進歩しているようです。今回は、がん治療のためのドラッグデリバリーシステムを利用した、抗体薬物複合体(ADCs)に関する研究を紹介します。ドラッグデリバリーシステムとは、がん細胞に特異的に抗がん剤を届ける技術のことで、つまり、副作用を起こさずに薬の効果を最大限発揮できます。実用化されればガンを的確に狙い撃ちすることが出来るのです。この技術にどのような進歩があったのでしょうか?

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TPGSという手法に基づいたドラッグデリバリーシステム。(from: https://www.researchgate.net/figure/Scheme-of-potential-bio-function-of-TPGS-based-DDS-for-the-treatment-of-cancer_fig1_321347006

ADCsの進化!「コンピューターを用いた製薬」とは?

がん組織を狙って破壊し、健康な細胞は無傷なままで治療を完了する抗体薬物複合体(ADCs)とよばれる抗がん剤は長年研究され続けています。この物質は抗体と薬が一体となっていて、抗体の特異性(ある組織にだけ働く性質)を利用して薬をがん組織にのみ届ける事ができます。今日までに5種類のADCsが連邦医薬品局の承認を得て治療に使うことができ、56社もの製薬会社がADCsを開発しています。しかしながら、ADCsには実質的な限界があります。例えば、予測されていたのとは違う効果を示す可能性があり、有効な治療ができずにかえって毒になる可能性もあるのです。ここで、ブリガムアンドウィメンズ病院の調査団はより安定していて効果が予測できるADCsの、コンピューターシミュレーションによる開発を行いました。薬の話なのにコンピューターを使うのか、と考えた方もいるかも知れません。しかし、コンピューターシミュレーションを製薬に活用するという動きは活発に行われており、有効な手段であるとして今後の創薬業界では期待されているのです。もちろん、薬の開発にはマウスなどを用いた生体実験を経る必要があります。その前の段階で、どのように薬が作用するのかをコンピューターで計算することによって、生体実験の試行回数を大幅に削減することができ、コストの削減につながるのです。そうすれば、より多くの人がより安い値段で治療を受けることができます。

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コンピューターシミュレーションの手法。分子の挙動を計算する。(from: https://www.r-ccs.riken.jp/jp/post-k/pi/drugdiscovery

実験は、ヒトとマウスの血漿内、ヒトの肺腺がんを想定して行われました。医学工学部の教授であるShiladitya Sengupta氏は次のように言います。

「この技術の目標は、現在のがん治療で使われている抗体を強化し、がんに対してより有効なものにすることです。我々は対象とする抗体だけにくっつくレゴのような結合部分をデザインしました。これは、抗体が標的とする組織に薬を届けることが出来ることを意味します。」

Sengupta氏と共同研究者らは、コンピューター上で分子を結合するシミュレーションを行い、薬と抗体がうまく接合するプロトタイプを作りました。彼らはリガンド(特定の受容体と特異的に結合する物質のこと)と薬のペアが、どのようにして異なる抗体にくっつくのかを調べるために、その接合部分を調べました。多くの薬物や抗体を合成した結果、この2つが同時に形成された時に、まるで磁石のように自然に集まってADCsが合成されることが分かりました。この様子にちなんで、この技術はMAGNET ADCsと呼ばれています研究チームはMAGNET ADCsが抗体に手を加えることなく、迅速に生成されうると報告しています。このADCsは血漿内で2週間もの間安定に存在でき、毒性も低いとのことです。

「MAGNET-ADC手法は治療にも診断にも、また、ガンだけに留まらず様々な方面で活躍しうると考えています。」

と論文の著者らは記しています。

工学と医学のコラボレーションによって新たな技術が生み出されました。今後は学際的な知見が必要なのかもしれません。

 

 

ちょこっと英単語:

antibody drug conjugates 抗体薬物複合体 この研究までは、安定性に問題があった
plasma 血漿 漿(しょう)は難しいので、学校ではひらがなで習う