一つの認識描像

断熱材なのによく熱を通す!?異なる方向で異なる熱伝導率を持つ新素材とは?

発泡スチロールと銅は、熱伝導率という観点で見ると全く異なる性質を持っています。もちろん銅は熱を通しやすくて、発泡スチロールは熱を通しにくいです。しかし、マックスプランク高分子研究所(MPI-P)とバイロイト大学の科学者らは、熱が伝わる方向によって熱伝導率が変わる、非常に薄くて透明な素材を開発しました。ある方向にはよく熱を伝えますが、別の方向においてはよい断熱性を持っているというものです。一体どのような構造をした素材なのでしょうか?


断熱と熱伝導は私達の日々の生活の中で重要な役割を果たしています。例えば、コンピュータのプロセッサーでは熱を早く逃がす必要がありますし、家の建築においてはエネルギーコストを抑えるためによい断熱材が必要です。大抵の場合、断熱材にはポリスチレンのような軽い素材が使われ、熱を逃がすためには金属のような重い素材が使われています。今回MPI-Pで新しく開発された素材は、これら2つの性質を一つにまとめてしまったのです。


この素材は、ガラスウェハ(非常に薄いガラス)とポリマーが交互に層のように重なっています。
「原則として、この方法で製造された素材は二重ガラスと同じ性質を持っています。二重ガラスとの違いは、層が何百にもなっているところです。」
バイロイト大学のMarkus Retsch教授は説明します。
この層に垂直な方向には、よい断熱性が確認できます。ミクロな視点で見ると、熱というのは物質を構成している分子の振動であり、それが隣の分子に伝わっていくことによって熱が移動していきます。素材を何層にも重ねていくことにより、層の間で熱の伝導がブロックされ、断熱性が実現されます。対して一層だけに着目すると、その中ではよく熱は伝わっていきます。全体としてみると、層に平行な方向の熱伝導率は、垂直な方向の熱伝導率の40倍にもなります。

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今回開発された新素材。層に水平な方向には熱を通すが、垂直な方向には熱を通しにくい。(Credit: MPI-P, Licence CC-BY-SA)



素材が効率的に機能し、それでいて透明なものにするためには、それぞれの層は非常に精巧に作られる必要があります。例えば、少しでも不均一であれば、透明性が失われてしまいます。しかし、それぞれの層の厚みはたったの1ナノメートルであり、その素材が均一かどうかを調べるのは難しい問題です。層の重なりが均一であるかどうかを調べるために、バイロイト大学のJosef Brue教授は素材の特徴づけを行いました。Brue教授は言います。
「我々はX線でその素材を照らしました。それぞれの層から反射してくる光を重ねることによって、その多層構造を非常に正確に作ることができるということが示されました。」


Fytas教授は、なぜこの層状構造が、層に沿った向きと垂直な向きで極端に異なる性質を示すのかという問いの答えを発見しました。レーザー光による特殊な測定装置を用いることによって、音波が素材の中をどのように伝わるのかを特徴づけることができました。音も熱と同じように、振動が隣の分子に伝わって伝播が起こります。
「層構造を持ち透明なこの素材は、音が異なる方向においてどのように伝わっていくのかを理解するのに非常に適したものです。」
とFytas教授は言います。音速の違う音を用いて研究することによって、素材が各方向について持っている機械的性質を直接調べることできます。他の方法では、直接結論を出すことはできないので、非常に有効な手法であると言えます。


さらなる研究として、ガラスとポリマーの配置や構成などによって、熱や音の伝わり方がどのように影響されるかに関するより良い理解を得ることを目標としています。

 

 

ちょこっと英単語:

inhomogeneity 不均一性 ムラが一切ないというのは難しい要請である。 
superimpose 重ねる 1ナノメートルのものは頑張って1000枚重ねても1マイクロメートルにしかならない。

 

 

 


工学のための物理化学 熱力学・電気化学・固体反応論 (ライブラリ工科系物質科学) [ 永井正幸 ]