一つの認識描像

電子のスピンで情報を保存する!東工大が発見した新たな手法とは?

現在、我々の周りには多くの情報が飛び交っています。また、パソコンやスマートフォンの内部には、情報を蓄える機器(メモリ)があります。時代を重ねるにつれて、電子機器を構成する部品は小型化し、高性能化していきました。改善された性能の中にはもちろんデータ容量も含まれていて、電子機器はより多くの情報を蓄積することができるようになっています。これらは「電子機器」というだけ合って、エレクトロニクスの分野です。ところで、皆さんは「スピントロニクス」を聞いた事があるでしょうか?これは、電子が持っている「スピン」を利用した技術で、現在盛んに研究が行われています。今回は、このスピンを用いて、従来のメモリを超えるデータ容量を実現することができる可能性を示唆する研究を紹介します。

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コンピュータのROM。大量のデータを蓄える事ができる。

東京工業大学の科学者らは、電子の性質であるスピンに基づいた「磁気ランダムアクセスメモリ」を実現するための、素材の組み合わせを発見しました。この革新的な発見によって、現在のメモリデバイスを超えるデータ容量が実現される可能性があります。研究では、トポロジカル素材におけるスピンに関連した現象を活用する新しい手法が記述されており、スピントロニクスの分野に拍車をかけることとなりそうです。さらにこの研究は、スピンに関連した現象の解明にも新たな視点を提供してくれます。一体どういうことなのか、以下で見ていきましょう。

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スピン。スピンという名前がついているが、実際に自転しているわけではないので注意してほしい。(from: http://www.s-graphics.co.jp/nanoelectronics/kaitai/spintronics/1.htm)



スピントロニクスとは、電子のスピンが主要な役割を果たす、現代の技術分野です。実は、物質が磁性を持つ理由は、その物質内の電子のスピンがおおよそ揃っているからです。スピンは一つ一つが磁石のようになっていて、それらがばらばらの状態では磁性は持ちません。しかし、それらの向きが揃ってくると、全体として磁性を持つようになります。研究者らは素材の中のスピンの性質を操る方法を模索していて、それを不揮発性メモリに用いようと考えていました。磁気不揮発性メモリ(MRAM)はエネルギー効率や処理スピードといった点で、現在の半導体メモリを超える可能性を秘めています。

そこで、東京工業大学の研究者らは、スピンホール磁気抵抗(USMR)と呼ばれる、MRAMの開発に用いることのできるスピン現象を研究しました。スピンホール効果は、物質の側面に特定のスピンを持った電子を累積させます。この効果は、トポロジカル絶縁体に特に強く現れ、強磁性体の半導体トポロジカル絶縁体を組み合わせることによって、大きなUSMRを生み出す事ができます。

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スピンホール効果。ある向きのスピンを持った電子だけが分離されて、素材の境界面に集まっている。( Credit: Journal of Applied Physics)



同じスピンを持った電子が2つの素材の境界面に集まると、強磁性体の層にスピンが埋め込まれて、その部分の磁性を反転させます。これによって、メモリにおける書き込みや書き換えが実現されるのです。これと同時に、この複合構造の抵抗がUSMRの効果によって変化します。この抵抗は外部回路で計測することができて、これによってデータの読み込みが可能となります。しかし、重金属の組み合わせで作られる、スピンホール効果を起こす素材でのUSMRによる抵抗の変化は非常に小さいため、このままではMRAMの開発が困難です。加えて、素材の組み合わせでUSMRのメカニズムが変化するため、どの機構を用いればUSMRによる抵抗の変化を強めることができるのかははっきりしません。
素材の組み合わせがUSMRに及ぼす影響を理解するため、研究者はガリウムマンガンヒ素(GaMnAs、強磁性半導体)とアンチモンビスマス(BiSb、トポロジカル絶縁体)の層で構成される複合構造を設計しました。これを用いて、1.1%という、USMRでの大きな変化率を得ることができました。この結果は、特に、強磁性半導体のマグノン散乱とスピン無秩序散乱という2つの現象がUSMRでの変化率を大きくしたということを示しました。准教授のHai博士は次のように言います。
「我々の研究によって初めて、USMR比が1%を超えるということが示されました。これは重金属を用いた素材に比べて数桁も大きなものです。加えて、この研究は実用的なデバイスへの応用に向けてUSMR比を最大化する新しい手法をも提供しています。」
この研究はスピントロニクス分野における重要な役割を果たす可能性のあるものです。しかし、電子だけでなくそのスピンまで活用できるというのは、とても不思議な気持ちがしますね。

 

 

ちょこっと英単語:

flip ひっくり返す 磁性を反転させてデータの書き込みが行われる

hinder 邪魔する 技術の発展は、その邪魔となる要素を排除していくところから始まる

 

 

 


トポロジカル絶縁体入門


スピントロニクス 基礎編 (現代講座・磁気工学) [ 井上順一郎 ]