一つの認識描像

曲げるほど柔らかい!グラフェンに見られた不思議な性質とは?

人間はこれまで、多くの道具を生み出してきました。それにつれて文明も発展していきました。また、この文明の発展を、素材の進化という尺度で捉えることもできます。なぜなら、新しい道具を作るには、新しい素材が必要になるからです。今回は、これからの技術を担う新しい素材、グラフェンについての研究を紹介します。実はこのグラフェンには、20年にもわたって解明されてこなかった謎があるのです。なぜ解明されなかったのでしょうか?そして、その謎の答えは何なのでしょうか?

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グラフェンの分子構造。平面的に炭素原子が並んでいる。

研究結果が合わない!?グラフェンに見られた不思議な性質とは?

今回の研究はイリノイ大学の研究者らによるものです。研究者らは、何十にも重なるグラフェンを曲げるのにどのくらいのエネルギーが必要なのかをコンピューターモデリングを用いて決定しました。グラフェンは炭素が平面的に結合してできた、一層の薄い物質です。この物質は非常に強靭な素材である上に、非常に薄いので柔軟性もあります。このことから、グラフェンはこれからの技術の鍵となると考えられています。現在、多くのグラフェンに対する研究では、電気伝導性を利用したナノデバイスの開発に焦点があてられています。これらの技術が進歩すれば、伸縮性のある電子機器や肉眼では見えないほど小さいロボットが出来る可能性もあります。これらの実現には、グラフェンの機構を理解することがとても重要で、特に柔軟性に対する情報が重要です。しかし、この柔軟性に関する研究は、これまで難航していました。研究の共著者であるEdmund Han氏は次のように述べています。
「素材の曲げ剛性(曲がりにくさ)は最も基本的な機械的性質の一つです。我々がグラフェンを20年もの間調べているにも関わらず、この基本的な性質をまだ理解できていません。この理由は、異なる研究で桁違いの結果が出ているからです。」

研究チームごとに異なる結果が出てしまうのでは、どれが正解なのかわかりません。なぜこのようなことが起きてしまうのでしょうか?今回の研究チームは、なぜ研究結果にこれほどまでに差が出てしまうのかを突き止めました。同じく共著者のJaehyung Yu氏は次のように言います。

「それぞれの実験で、大きく曲げていたり、少ししか曲げていなかったりと、曲げの程度に差があったのです。我々は、曲げ方によってグラフェンの振る舞いが変わることを発見しました。何層にも重ねたグラフェンを少しだけ曲げると、硬い板や木の破片のような振る舞いをします。逆に大きく曲げると、重なった紙のような振る舞いをします。重なる原子の層がお互いに滑るためです。」

つまり、曲げれば曲げるほどより柔らかく伸縮性を持つことが分かったのです。この研究結果を受けて、機械科学教授のArend van der Zande氏は次のように言います。

「この結果が示す面白いことというのは、これまでの研究がすべて合わなかったのに、どれも正しかったということです。それぞれの研究グループが異なるものを計測していたのです。今回私達が発見したのは、曲げ具合の違いを媒介にして、これまでの異なる研究結果を結びつけることが出来るモデルです。」

研究者らは、この結果から、細胞や生体に作用するナノデバイスを作れるのではないかと推測しています。van der Zande氏は生命体に適したデバイスの開発に期待しています。

「細胞は外部環境に応じてその形状を変化させます。なので、もし生物学的なシステムに対応できるデバイスを作るのであれば、柔らかくて変形できるものでなければなりません。グラフェンの層の間に見られた滑りを利用すれば、従来の同じような剛性を持つ素材に比べて桁違いに柔らかいものを作ることができます。」

非常に強くて柔らかいグラフェンの性質が分かったことも素晴らしことですが、これまでの異なる研究結果が全て結びついたことはとても興味深いです。研究において、もし意見が食い違う話題があるなら、その裏には一貫した説明を可能とする理論が隠されているかもしれないと考えることができます。そのような考え方を教えてくれる、なんとも教育的な研究だと感じました。

 

 

ちょこっと英単語:

bending stiffness 曲げ剛性 機械的強度に影響してくるパラメータ
span across orders of magnitude 桁違いに広がる 昔と今とでは、情報量が桁違いだ。