一つの認識描像

量子力学を掲げた引き寄せの法則批判

「本心から願い続けることによって願いが叶う」と言われる引き寄せの法則。その根拠に量子力学が持ち出されることが多いのですが、量子力学と個人の願いに関係のある人間なんて自然科学系の人間だけです。こういうのが広まるせいで科学全体に対する信頼が落ちる、なんてことはまあ普通に考えればこの法則が嘘だとわかるのでないとは思いますが、ちょっと口出しに加勢しておこうと思います。

まず、よくある言い分が以下の通り。量子力学では、物質が観測されるまでは波として表現され、観測された瞬間にその位置を確定する。つまり、観測されるまでは状態が決まっていないが、観測された瞬間に状態が決まる。これをマクロな系に拡張した思考実験では、目に見える形で「人間の意志」に関するパラドクス(観測をするか否か)が生じる。この矛盾点に「人間の意志」という形で介入することにより観測結果を捻じ曲げ、それの集積で自分の願いを叶える。そのためには、本心から願い続ける事が必要である、と。これが以前調べた感じの内容ですが、明らかにおかしいのがわかると思います。まず、確定する状態は人間の意志による影響ではなく確率で決まります。任意の状態を完全性をなす基底ケットで展開したその係数の2乗です。もし、確率にも人間の意思による介入が可能と考えるなら、本気で表が出続けると思ってコインを投げてみてはいかがでしょうか?これだけで引き寄せの法則は破綻します。なぜなら、量子力学を根拠にする場合「確率」を「人間の意志」で操ることができなければ成り立たないからです。これで十分なのですが、もっと残酷な現実を書いておきます。それは、皆さんご存知の「決定論」です。この宇宙起こる現象が確率や因果関係で記述されるとすれば(そしてこの前提はいまのところ非常にうまくいっている)、この宇宙に意思は存在しない。というものです。かつては古典論的に、一つ前に起こったことが今起こっていることを引き起こし、そしてみたいの出来事も決定する、といった主張で良かったのですが、量子力学の発展により確率的な話も必要になってきましたね。ここに「意思」という得体のしれないものが介入する余地がどうしても見当たりません。脳も化学物質の集まりで、思考や感情は電気信号による反応です。その一つ一つは電子の挙動、つまりディラック方程式で表すことができます。もちろん、ここは哲学の範疇ですし自分の専門ではないのですが、この決定論の論駁は難しい事がわかります。つまり、自由意志すらないのです。自由意志すらないのに、引き寄せの法則とはこれいかに。